「年金だけじゃ生活できない」「70過ぎても働いてるよ」「腰痛があるのに仕事をやめられない・・」
画面に映る老人は、みんなあきらめともつかない、やるせない表情をしている。
これは間違いなく定年後の自分だ。
ため息をつきながら、テレビから視線を外す。
社員食堂の目の前の同僚たちは、老後の話題で盛り上がっている
「老後はどうするんだ」
「アルバイト始める」
間違いなく自分に振られる流れ。、
「わからない、時間はあるから考えてみる」
そう答えると
その後すぐに他の
同僚同士で話は盛り上がる。
いつもそう
自分はどうしても大勢で盛り上がる雰囲気に溶け込めない。
学生時代からそうだった。
「何を考えてるかわからない」「無口」
いくら努力しようとしても、どうしても溶け込めない。
こんな自分が、定年になったらまさに、孤独死まっしぐらだな。
いまからでも何か生きがいがあれば・・変われるのかも知れない。
ある日、ふと立ち入った
本屋さんでの発見
あるコピーライティングの本。
「こんな自分でもこの本を読めば、思いやりの心が解るのかな?」
この本との出会いが、老後のいや人生の希望の光になることは、その時の自分には、知るよしもなかった。
コピーライティングとの出会い
「稼ぐコピーライターの条件は、人の痛みに気づくための思いやりの心を持つことだ」
本屋さんで見つけたあるコピーライティングの本。
最初は何を言ってるのか解らなかった。セールスマンというのは、悪者という認識だったから。
人の悩み、痛みをリサーチすることで、商品がその人の悩みを解決する手助けになる。
良い商品が、売れれば売り手、買い手や経済。すべての人が幸せになる
なるほど・・ おもしろそう。独学で勉強してみる。有名コピーライターのまよまよ先生のYou Tubeもわかりやすくて楽しかった。
ブログを作ってみる。普通にセールスの解説記事を書いてみる。全然読んでもらえない。もともとアウトプットが目的とは言え、モチベーションは下がる一方。記事の更新も次第に遠ざかっていった・・
「ブログはもう止めよう」
「ちゃんと書いてるのになぜ読まれないんだろうか?」
気分を変えて好きなアニメ「地獄少女」を見ていた。
閻魔あいが自分の身を犠牲にして、男の子を助けるシーン。
すると「稼ぐコピーライターの条件は、人の痛みに気づくための思いやりの心を持つことだ」
ふと その言葉が不意に浮かんできた。
思いやりの心?
中学時代に友だちを、無くした出来事を思い出す。
昼休みにはA君と将棋を指すのが習慣だった
いつも勝ち続けていたのを、今になってやっと思い出す。
「もう止めよう」と言っても、聞く耳を持たなかったA君。
ふつうならかわいそうに思って、一度だけでも負けてあげるのが当たり前なのに。
今思えばまわりの子も、A君に同情する視線を送っていた。
それすらも気付かずにA君に勝ち続けてしまった。
そしらぬ顔で
淡々と・・
そう 自分は人の気持ちがわからない人間なんだ。
ブログへの挑戦
そこでやっとのことで「地獄少女」という作品に惹かれた本当の理由に気が付いた。
閻魔あいが自分を裏切った男の子孫を思いやりの心で許し、悲惨な運命の男の子 女の子を命がけで助けてきた。その尊い生き様に惹かれていたことに。自分にないものを求めていた。
A君に対しても、少しでも自分に思いやりの心があれば、一度でも負けてあげて友達のままでいられたんじゃないだろうか?
そして今まで自分が見てきた多くのアニメは、他人に対する思いやりの心が、大きなテーマになっていることに気づいた。
そして「アニメ作品の中の思いやりの心」についてのテーマでブログで解説してみようと思い立った。
しかしパソコンを開いて、モニターに映る
0.0.0.0.0.0.・・・
まるで無限小数のように、展開している自分の記事のPV(サイトの閲覧数)を見た後ではやる気が出ない。見てるだけで体の力すら吸い取られそうになる。
しかしせっかく見つけた生きがい。やるだけやってみよう。「地獄少女」に惹かれた思いをそのまま書いてみた。
自分じゃない自分が書いてる感覚 理屈ではなく情熱で書いてる感覚
1週間後のモニターには、無機質なゼロの数字が、命を宿すようなカタチのある数字になっていた。
そうなると、ほんの少しでも読んでもらえる人の、役に立てているのだという実感がわいてくる。
テクニックばかり覚えて
「記事を読んでくれる人に、少しでも幸せになって欲しい。役に立ちたい」
そんな熱い思いはまったくなかった。
読まれないのも当たり前だった。
思いやりの心が無かった自分が、思いやりの心についての記事を書いている?
あまりの皮肉さに笑うしかなかった。
本当に自分は何も解ってなかったと。
定年後の生きがいへ
ネットを眺めていて、ふと見かけたカードゲーム。目にもまばゆい七色にキラキラ光るカード。デッキ構築ゲーム?
将棋は少しの実力差が明確に結果となって現れるゲームだからこそ、精進しがいがある。
でもカードゲームは配られるカードがランダムなので運の要素もある。
You Tubeで覚えてみる 結構楽しい
いまならA君とこのゲームをやれば笑いあえるんじゃないだろうか?
思えば「地獄少女」に惹かれたのも、セールスの勉強が長続きしたのも、自分の心の穴を埋めてくれるものだったから・・ 一生続けていこうと思う。
またブログを始めた頃は、かごの中のハムスターのようにいくら走っても結果が出なかった。
今は地面を走るとまではいかなくても、歩いた分だけは結果が出る感じになっている。
老後の生きがい、とまではいかなくても見てくれる人の役に立ってるのは素直にうれしい。
定年後はいろんな挑戦もしていきたいと思う。

コメント