わたしたちに救いなんて無いことも、
本当はわかっているのだ。
それでもこのあたたかさを手放せないのです。
※束の間の一花 第3巻より
いきなり噴き出す。おびただしいほどの大量の吐血。
真っ赤に染まる手、顔面、衣服。
死んだほうがましだと思える程の耐えられない激痛。
目の前にせまる死の恐怖。
そんな死のタイムリミットが迫る中でも、万木(ゆるぎ)先生は、一花(いちか)のために行動します。一花に喜んでもらいたい一心で、
一花の望みを、かなえるために、
一花に感謝の気持ちを伝えるために、
告白をするために、
そして二人は・・
再会の時
大学生の一花は余命宣告2年の終わりの年に、大学で万木先生に会い、ひとめぼれ、講義の後も先生のそばを離れません。教授室に入りびたりの毎日。万木先生と過ごすその一瞬、一瞬のかけがえのない時間に、
まるで生きる希望を見つけたかのように・・生き生きとした時間を過ごします。
あの頃の死んだ私を生き返らせてくれたのは
先生なんですよ。
しかし万木先生もまた明日をもしれない不治の病にかかっていて、一花を悲しませたくない思いで、別れを告げることなく大学を辞めます。
その後一花は偶然に再会した万木先生に告白。明日をも知れない命の万木先生は、一花の幸せを願って、拒否しますが、一花のあまりの熱心さに、また会うことを約束します。
一花の病を知った万木先生は、自分と同じく絶望的な立場なのに、いちずに、無邪気に一生懸命に生きる一花に、次第に惹かれていきます。
おれは心のほうが先にくたばってしまった。
君が俺を引き止めてくれた
学生時代にひたすら勉強をして、念願の教授になれた万木先生。突然の死の宣告に
「今まで頑張ってきた努力はすべてムダだったのか?」 「教師をやめた俺はこれから何のために生きていけばいいのだろうか?」
この世に絶望しかけた万木先生ですが、一花のために死の最後の瞬間まで一花を喜ばせるために行動します。
幸せも時間も生活も残り少なかったのに
どうして先生は「先生」でいてくれたの?
※束の間の一花3巻より
未来は無いけど今があります
この物語は、いわゆるハッピーエンドではないのかもしれません。死の恐怖に怯えながらも、毎日を精いっぱい、全力で生きた万木先生と一花。
二人は出会わなかった方が幸せだったのでしょうか? 愛した相手を失う、せつなく引き裂かれるような心の痛み。そんな思いを死の直前に味あうことに意味があったのか?
この物語はそうあなたに問いかけます。
凡人のわたしたちは、日々を全力投球で過ごすことはなかなかできません。
しかし子供たちは過去も未来も気にすることなく楽しく精いっぱいに生きています。
子供たちを見ていると、幸せな気分になれるのはそんな部分なのかもしれませんね。
偉い人の本などを読んでみると「過去や未来にとらわれることなく一生懸命に生きなさい」と言います。
凡人の私たちはこの物語で大切に生きることの大切さを、すこしづつでも学びたいものですね。
それではまた!
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